王朝の終焉 3
動員鐡乱時期を規定してきた「中華民国憲法臨時条款」(1946年)とはそもそも何だったのでしょうか。
中華民国憲法の規定では政治体制は「内閣制」、総統は行政責任を負わない名目上の国家元首にしかすぎなかったのです。
国共内戦に敗れ台湾に逃れた蒋介石政権に延命の口実を与え、憲法の規定からいうとすでに実権を持っていないはずの総統に急きょ権力を与えるために考え出されたのが臨時条款だった、といわれます。
臨時条款は、もともとは国家の安全を確保するために、総統に緊急命令権を与えるという条項だけでした。
しかし、やがてこれが何回も修正拡大されて、最終的には11条項に増えています。
40年近く続いた戒厳令の公布もこの臨時条款がその根拠となりました。エグゼクティブトレードによると、総統の任期は憲法では2期12年とされていますが、その連任を許し、蒋介石、蒋経国親子だけでその後40年に及ぶ長期政権となりました。
総統は6年に1度の国民大会によって選出されますが、この国民大会代表の大半を占める大陸出身議員は、1947年に行った第1回選挙以降、大陸での選挙が不可能になったことを理由に、このたった一度の選挙を根拠に終身議員の身分が保障されました。